2008年06月30日

ご近所の草花(31)

買い物の帰り道。
前にはなかった花をみつけた。

これはもしかして・・・ナルトサワギク、かな。

ナルトサワギク

調べると「特定外来生物」って書いてある。
外国から入って来て、強い生命力でひろがりまくり、
他の動植物を追い払ってしまう生き物のことだ。
たとえばブラックバスとか。
たとえばヌートリアとか。
たとえばヒトとか。

人間ほど世界各地にはびこって、
他の種をほろぼしている生物はいないだろう。

ナルトサワギクには毒がある。
他の植物を駆逐する。
花がどんなにきれいでも。
ヒトがどんなに優れていても。
我らは害を成している。
地球に害を成している。
ナルトサワギク。
我が同胞。
posted by だだ at 23:35| ご近所の草花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月29日

夏を前に

早めにあがった。
明るいうちに帰るなんて久しぶり。
夏至をすぎたばかりだもんな。
夕焼けを眺めながら帰るのが嬉しかった。

7月を前に

もう少ししたら、夏がくる。
恐ろしい夏が。
毎年毎年「もうダメかも」と思いながらかろうじて乗り切ってきた夏。
今年こそダメかも分らない。
だけど・・・だからこそ遊ぼうと、同僚が言った。
心が元気にならないと、体だって壊れちゃうから。
 「私、8月にフミヤのコンサート行くよ。2回いく」
 「じゃあ私は花火大会のハシゴをする」
あんたは?ときかれて、宝塚にいく、と言ったら
 「近すぎる!」
と叱られた。
・・・じゃあ梅田にいく。
 「なんでそんなに近場なの!」
えっと。
えっと。
そしたら私、博多にいく!

ということで。
この夏、博多座デビューすることに決めました。

宝塚でも梅田でも博多でも、
観るのはおんなじなんだけどねえ。
posted by だだ at 19:20| いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月28日

挫折。もしくは、休憩

 「英語なんて喋れなくても大丈夫」
私はずっとそう言って旅してきた。
実際、死ぬほど困っために遭ったことはないし、
いつでもちゃんと帰ってこれた。

だけどモロッコに行ったとき。
ボンゴを聴かせてくれた兄ちゃんに、ちゃんとお礼が言えなかった。
言葉がなかなか出てこなかった。
それが悔しくて。
申し訳なくて。
去年の春から英会話教室に通いはじめた。
・・・英語なんて喋れなくても大丈夫、だけど少しでも話せたら、
もっと大丈夫になるはずだから。

結果、話せるようにはならなかった。
あたりまえだ。
他に英語をつかう機会もないのに、
週1回のレッスンでペラペラになるわけがない。

でも、週一回でも話そうと努力することで、積極的になることで、
英語に対する恐れが薄れる。
慣れてくる。
オーストラリアに行ったとき、ずいぶんマシな気がしたんだ。

今年も続ける予定だったのだけど、
仕事が忙しくなってきたので中断することにした。
・・・ゴハン食べられないくらい疲れてるのに英語とか喋ってる場合じゃない。

けれど諦めたわけじゃない。
 「12月には戻ってきます」
先生と約束した。
 「今はちょっと力がないけど、また頑張りますから」
そう言いながら、モロッコの兄ちゃんの顔を思い浮かべた。
posted by だだ at 22:23| いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

保護者

アジャリは面倒見のいい猫である。
昔からよく姪の子守りをしてくれていた。
よちよち歩きの子が道路に出ていこうとするのを、
通せんぼで防いでくれたこともあった。

今、アジャリは子猫の世話に大忙しだ。
サンジはアジャリが大好きで、
 「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん!」
ころげまわってじゃれついてくる。
しっぽにじゃれつき、お尻に手をだし、狙いをさだめてとびかかる。
だが、アジャリはもう、10歳だ。
サンジの20倍も年をとってるし体重だって2倍ある。
 「うるさいやつだなぁ」
面倒くさそうに眉をひそめて逃げていく。
・・・かと思いきや。
たまには、一緒に遊んでやる。
たまには、追いかけっこにつきあってやる。
プラスチックのネズミが出てきたら2人で奪いあう!
気がついたら、一緒の布団で並んで寝てる。

アジャリはやっぱり、面倒見のいい猫である。

このあいだサンジが脱走したときは(サンジはもうすっかり家猫なのだ)、
1時間以上もずっと子猫をつけまわし、家に呼びもどそうと試み、
心配そうに面倒をみていた。

保護者

・・・お父さん?
 
posted by だだ at 23:02| 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

お忍び

さっきテレビ見ててん。
『水戸黄門』。
ご老公様、今日も素敵やわ〜。
って、ぼやーっと見とったら、悪代官が、
 「大変だ!
  水戸のご老公がお忍びでキャバクラへ入られた!」
て言うた。
たしかに大変やと思った。
けどあの黄門様なら、キャバクラでもソープでも、行っても不思議はないやろう。

正解は『ご老公が鎌倉へ入られた』だったのだけど。
・・・キャバクラって言うたで。絶対。
posted by だだ at 21:22| 本と映画とテレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

幸せ

今朝、報せが届いた。
悲しい別れの報せだった。

昔どこかで出会った悲しい台詞を思い出す。
自殺願望を抱くひとの言葉だ。
 「目の見えない者も口のきけない者も
  生涯一歩も歩けなかった者もみんな、
  ただひとつだけ、死んでいくことだけはできるんだよ。」

今朝、逝ってしまった彼女は、その短い生涯で一歩も歩くことはなかった。
話すことも書くことも、固形物を食べることすらできなかった。
神様は人間を不公平につくる。
不自由な体を与えるなら、そのぶん長生きさせてくれたらいいのに。
現実はいつも逆なのだ。
彼女は死ぬことを望んではいなかった。

それでも、悲しい台詞に私は反論する。
 「目の見えない者も口のきけない者も
  生涯一歩も歩けなかった者もみんな、
  ただひとつだけ、幸せになることはできる。」
と。

グアムに行った。
イルカと泳いだ。
いっぱい遊んだ。
彼女はきっと、幸せだった。

思い出すのは小学校の頃。
彼女とうちの妹と、2人ならんで寝っころがって。
妹が
 「かーたん」
と呼ぶと、滅多に声を出さない彼女が
 「あー」
と答えた。
 「かーたん」
 「あー・・・」
 「かーたん」
 「あー・・・」
2人でくりかえし。
くりかえし呼んでいたそうだ。

たとえ口がきけなくっても、言葉にできない絆がある。
ひとに頼らねば生きていけない彼女たちは、
絆をたくさん、たくさんもってる。
友達や。
先生や。
お世話してくれる人たちや。
ハンディの数だけうまれるたくさんの絆だ。
だから言う。
 「幸せになることはできる。」
と。
彼女は、幸せだった。
posted by だだ at 23:07| いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

You are my sunshine

私はしょっちゅう夢をみる。
先月は仕事の夢ばっかりみてた。
とてもリアルな夢で、疲れるうえにタダ働きで損をした気分で目が覚める。
朝も仕事、昼も仕事、夜も仕事、眠ってからもまた仕事。

それがようやく変わったんだ。
ここ2週間はほとんど仕事の夢をみていない。
仕事が減ったわけではなくて・・・むしろ増えているんだけど。
サンジの夢をみるからだ。
最初に『サン』と名づけた猫は、私のお日様になってくれた。

猫と暮らすのは4匹目だけど、サンジほど甘えたな子猫は初めてだ。
ずーっとずーっと一緒にいたい。
ずーっとずーっと撫でてほしい。
ずーっとずーっと抱いてほしい。
まるで、赤ちゃんのときに甘えられなかった時間を取り戻そうとするように。
まるで、私達がいなくなってしまうかもしれないと、恐れているかのように。

中でもサンジがいちばん甘えているのは、末の妹のU子だ。
くっついて離れない。

U子さん大好き

U子はどういうわけか動物に慕われる。
犬でも猫でも羊でも、カンガルーまでが寄ってきた。
家の猫たちはみんなU子といっしょに眠りたがる。
U子は自分の意思では動けない体だから、
急に逃げたり叩いたりされる心配がなく、
動物にとっては安心できる相手なのだろう。
サンジは私のお日様で、
U子はサンジのお日様なのだ。
posted by だだ at 19:48| いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

親の顔が見たい

近頃の子供はしつけができてない。
自由だか放任だか知らないけど、
子供ってのは親がしっかり見張ってなくちゃイカン!

今朝、通勤途中の山道で。
キツネの子供が飛びだしてきた。
車道の真ん中で遊んでた。

山の中腹、くねくね道で。
鹿の子供が飛び出してきた。
身じろぎもせずに車を眺めてた。

山のてっぺん、会社に着いたら。
ウグイスの子供が落ちてきた。
巣立ちかけのヒナが駐車場に不時着してた。

キツネの子も、鹿の子も、ウグイスの子も。
あと一歩で轢いちゃうところだった。
近頃の親は本当に無責任であると思った。
ちゃんと面倒みてろよ!
自分の子だろ!
・・・もちろん、人間もな!
posted by だだ at 23:10| いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

共感覚

音楽には色があるという。
「音色」という。
深い湖のようなチェロ、
明るくきらめく金色のバイオリン、
水色の風のようなフルートのしらべ。
でもその「色」はただの表現であり、水色や金色を目にしているわけではない。

ところが、実際に見える人がいるらしい。
「共感覚」をもつ人たちだ。
耳が音をとらえれば、色や形が鮮明に・・・現実に見えるというのだ。
ドアを閉めるバタンという音を聞けば焦げ茶色の輪っかが浮かび、
雷鳴が轟けば真っ赤なぐるぐる螺旋が目の前をとびかう。
それは空想でも妄想でもイメージでもなく、
視覚と聴覚がどこかでリンクしているという話だった。

共感覚にはいろいろあって、
文字や数字に色がついて見えたり、
特定の音を聞けくたびに舌に味がしたり、
何かを食べると手に何かを握ったような感覚があったり。
似たような共感覚をもつ人でも、
その見え方はバラバラなんだそうだ。

現実の話なのに、すごく不思議な感じがする。

マンゴーのいた場所
ウェンディ・マス著/金原瑞人訳(金の星社)


音にも文字にも色がある。
なんてカラフルな世界だろう。
羨ましい。
一度でいいから覗いてみたい。
そう、思っていたのだけど、
この物語には、人と違う感覚をもつことの苦労が描かれていた。

私達はよく
 「感じ方は人それぞれ」
と言う。
口で言うのは簡単だけど、心で受け止めるのは難しいものだ。
でも、
・・・私にとってAは黄色だけど、
他のひとには赤に見えているかもしれない。
そう思うことができたなら。
人はみんな違う、
同じものを見ていても、
それぞれ違う感じ方をし、違う色を見て、違う考え方をしている。
違いを認めあうことができたなら。
いろいろなことがもうちょっとやりやすくなるかもしれない。

この物語の中で、主人公の弟は言う。
 「お姉ちゃんは神様から贈り物をもらったんだ」
神様の贈物とは、そういうことかもしれない。
posted by だだ at 21:12| 本と映画とテレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月10日

ためいき

後輩のAはため息が多い。
 「はあぁ・・・・」
と長い息を吐く。
 「はあ・・・」
また、ためいき。
 「はああああああああ」
何べんつくねん!
イラつくねん!
 「幸せが逃げるで」
言ってやったら、
 「いいんです。私にはもう幸せなんて無いんです」
スネやがった。
 「私は不幸なんです!」

それを聞いて、怒った。
周りのみんなが怒った。
 「あんたみたいに若くて元気で五体満足で
  借金もなければ面倒をみなくちゃいけない家族もいないヤツに、
  不幸を語る資格はない!」
と。
 「少なくとも、ここではシャレにならないよ」
うちは、いろんな境遇の人たちが集まってくる職場なのです。

どこかの殺人犯もそうだったけど。
自分を不幸だと嘆き、
社会が悪いと恨み、
本当はもっと別の人生を歩んでいたはずだと思うひとは、
きっと知らないんだ。
自分のことも。
周りのことも。
自分を愛してくれる人のことも。
そして、広い広い世界のことも。
私だって何にも知らない人間だけど、
でも・・・時々は思いだすんだ。
ガンジス川の景色を。
格差社会が、いまさら、何だ?
posted by だだ at 18:29| いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

どうしよう

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

困った。
困った。
困った。

今回ばかりは、本当に、困った。

だって
だって
子猫のサンジが

可愛くて
可愛くて
可愛すぎてどうしたらいいのかわからない!

おひるね

人生には不安なことがいっぱい
世間には怖いことがいっぱい
世界には悲しいことがいっぱい

それなのに
椿や梅やサンジや
小さいやつらの寝顔を見ていると
なんだか泣きたくなってしまうんだよ。
幸せすぎて
泣きたくなってしまうんだよ。

Hold my hand

・・・自分の子供じゃないのにね。
posted by だだ at 11:31| 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

ご近所の草花(30)

昔。
宝塚に「紫苑ゆう」という名のトップスターがいた。
美しくも濃厚な、タカラヅカらしいスターさんだった。

『紫苑』という名の花があると知ったとき、中学生だった私は
 「あのスターさんが芸名にするくらいだから、さぞかし艶やかな花に違いない」
と思い、『姫紫苑』に至っては、紫苑さんと娘役さんのデュエットダンスまで想像して勝手にわくわくしたものだ。
どんなに華麗で美しい花なのだろう、と期待して。

ところが。
これが。
ショボかった。

はな。

がっかりしながら母に
 「これ、姫紫苑っていう名前らしいよ」
と話したところ、
 「へえー。お母さんは『貧乏菊』って呼んでたよ。
  なんとなく貧乏くさいから」
かなりストレートな答えが返ってきてまた凹んだ。

道端のどこにでも咲いている代表みたいな花だが、
実は2種類あって、春紫苑と姫紫苑というらしい。

「春」紫苑は、つぼみがうなだれてる花。
「姫」紫苑は、つぼみが上を向いてる花。

空を見上げて

プリンセス紫苑は、いつでも空を見上げてる、強い花だった。
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2008年06月04日

家族になろう

我が家に居ついた野良猫のサンジ。
ついに、触らせてくれました。

初だっこ

月曜日の朝。
先住猫のアジャリをよしよしと撫でているところへ、子猫が近づいてきました。
 「ほら、サンもおいで」
どうせまた逃げられるだろうと思いながらも、
空いているほうの手を子猫に伸ばし・・・指先が耳の下に触れました。
・・・逃げませんでした。
じいっと人間を受け入れています。
 「いい子、いい子、いい子、いい子!」
私は興奮して、右手でアジャリを、左手でサンジを、撫でまくりました。
耳、額、あご、背中。
どこを触っても逃げないどころか、サンジはのどをゴロゴロ鳴らして体を摺り寄せてきます。
・・・本当は、ずっとこうしたかったんだ。
嬉しそうな喉の音を聞いて私は幸せな気持ちになりました。
まだ子猫。
心の底ではずっと甘えたかったのだと思います。
この1ヶ月、野良猫らしい警戒心と安らぎをもとめる本能がせめぎああい、心をロックしていた、その鍵がとうとうはずれたのです。
 「もう大丈夫。大丈夫」
これから一緒に幸せになろう。
家族になろう。
ここがあんたのお家だよ。
そんなことを話しかけながら、2匹の猫を長いあいだ撫で続けました。

幸せなその夜。
久しぶりに喘息の発作が出ちゃったりとか、
顔が真っ赤に腫れあがっちゃったりとか、
実は私猫アレルギー持ってたりするなんてことは、
・・・もう、なかったことに。
posted by だだ at 19:13| 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

日記の記

今、気がついたのですが。
この『駄の日常』の記事数が、1000を越えていました。
消えてしまった前のブログからあわせると1200くらいになるので
しょうか。
2001年の誕生日に「ヒマだったので」はじめた日記です。
仕事の話、馬鹿話。
旅の話、本の話、花の話。
家族が生まれたり死んだり引っ越したり、
プライベート全開で。
泣いたり笑ったり怒ったり、
書いたり消したり書かなかったり、
塵も積もれば、千記事。

皆様、本日もお付き合い頂いて、ありがとうございます。
posted by だだ at 20:37| サイトのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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